生成AIとマルチモーダルAIを組み合わせたデータ利活用の実証実験を通じて、「一歩先の自治体DX」を検証!
ペーパーレスや電子化による「書類DX」の先は、業務の在り方から見直す「業務DX」の時代へ
富山県は令和4年度より「Digi-PoC TOYAMA(デジポックとやま)」と銘打ち、県民のウェルビーイング向上の実現を図るため、先進的なデジタル技術を活用して地域課題を解決する実証実験プロジェクトを募集しました。
令和5年度の「自治体業務の効率化・働き方改革推進」をテーマとする実証実験に、株式会社インテック行政システム事業本部の「生成AI及びマルチモーダルAIを活用した自治体業務の効率化」が採択されました。生成AIとマルチモーダルAIを組み合わせたデータ利活用により、業務の効率化や働き方改革を推進する同プロジェクトは、2023年9月から2024年3月までの7か月間に実施されました。
本件では、富山県広報課から5名、スタートアップ創業支援課から3名が参加して、異なる用途で利用者検証を実施しました。異なる用途とは、「問い合わせ対応のためのデータ検索」、「動画コンテンツのシナリオ作成」、「会計業務マニュアル内のデータ検索」の3種類です。
このプロジェトの経緯・成果について、株式会社インテック 行政システム事業本部 CIVIONソリューション部 上級プロ 菊智子、同 細川幸扶、社会基盤事業本部 事業戦略統括部 シニアハイエンドスペシャリスト 辻本元春に話を聞きました。
長く自治体様の業務にかかわってきたCIVIONソリューション部だからこそ
導入の背景(課題)
県職員のウェルビーイング向上を目指すことで、県民のウェルビーイング向上へつなげたい
── みなさんの所属や担当業務について、また当プロジェクトでの担当について教えてください。
菊:
私は行政システム事業本部で、総合行政情報システムCIVIONの名を冠し、自治体様向けのシステムのご提案・導入・保守・運用を担う「CIVION ソリューション部」に所属しています。CIVIONソリューション部は設立当初より、長年自治体業務に携わっており、特有の業務知識を持つエンジニアも多数活躍しているところが特徴です。
当プロジェクトにはプロジェクトマネージャーとして参画し、富山県様とのコミュニケーションやプロジェクトの推進 を中心に担当しました。
細川:
私も同じくCIVIONソリューション部所属で、CIVIONをはじめとするシステムの保守、ユニット周りのサポートなどを担当しています。
当プロジェクトにはプロジェクトリーダーとして参画し、クラウド環境の構築や、実証実験の結果の検証、チューニングといったところを、社内の他部門と協力しながら進めてきました。
辻本:
私は社会基盤事業本部 事業戦略統括部に所属しており、マイクロソフトソリューションなどのプロダクトを中心に扱っています。
当プロジェクトでは生成AIのサービス提供側として、技術支援やアドバイザリーで参画しました。
── 今回「Digi-PoC TOYAMA(デジポックとやま)」に応募されたのには、どのような背景があったのですか。
菊: 今回は8つのテーマ設定で募集が行われたのですが、そのひとつに「自治体業務の効率化、働き方改革推進」がありました。私たちも長年、自治体業務にかかわっていくなかで職員の方々のご苦労を間近で見ていましたので、「県職員自身のウェルビーイング向上」には大変共感を覚えました。また、まさにCIVIONソリューション部ならではのテーマということもあり、応募いたしました。
インテック選定理由 既存データの利活用につながるマルチモーダルAI
── 今回、生成AIとマルチモーダルAIを組み合わせることになったのはどのような経緯からですか。
菊:
折しも、弊社の先端技術研究所でマルチモーダルAIの研究開発が進んでおり、すでに「これを自社の業務効率化に生かせないだろうか」という話は出ていたのです。「Digi-PoC TOYAMA」のテーマを知り、それならば自分たちよりも、お客様の業務効率化に直接つなげたいと考え、「生成AIとマルチモーダルAIを組み合わせた業務効率化ソリューション」を提案するに至りました。
富山県側でも、生成AIの利活用は重点項目として掲げられていましたが、そこにマルチモーダルAIを組み合わせることで、庁内に今あるデータを利活用することができます。こうした提案が、評価につながったのではないでしょうか。
導入時のポイント 実証実験でも、実際の内部文書を扱える強固なセキュリティ環境で
── 検証内容はどのようなものだったのでしょうか。また計画や準備、環境構築を経て、利用者検証に至るまでの様子を教えてください。
細川:
マルチモーダルAI機能と生成AIを利用した検証内容は主に3つありました。
一つ目は、書類をデータ化し、そこに検索情報を付加したうえクラウド環境へ保存する「書類データ化」です。二つ目は、チャット形式での書類検索や文書・画像の複合検索を行う「書類データ検索」です。三つ目は、これらのデータをもとに業務に活用していく「書類データ活用」です。
富山県様にマルチモーダルAIと生成AIを活用した業務改善に関心の高い部署を募っていただいたところ、広報課とスタートアップ創業支援課にご協力いただけることになりました。そこで、まず3~4つの課題を挙げていただき、機能を活かせるユースケースを選定しました。
生成AIやマルチモーダルAIには、書類によって向き不向きのようなものがあります。例えば、AIは横向きに文字を解釈していくので、自治体の広報誌などに多い縦書きの書類が苦手です。それから、マルチモーダルAIの特性を生かすために、文字ばかりの書類だけではなく、画像データや、グラフなどが含まれた書類も検証することも目的でした。
── スケジュールを見ると、並行して環境構築も進めていらっしゃいますね。
細川: はい。AIには実際の内部文書も読み込ませたいということで、書類が外部へ流出することがないように、環境構築ではセキュリティをかなり意識しました。社内のセキュリティに強い部門や、クラウド環境に強い部門と協議を重ねましたし、今回特に力を注いだところです。
辻本:
私たちの部門からもテクニカル担当が入って支援したのですが、そこで大変勉強させていただいたのが、「実証実験だからといって、結果ありきではいけない」という富山県側の姿勢です。
実証実験では「いい結果」を出すために、実際には使うことのないダミーのようなデータや環境を用意してしまうこともあります。しかし、富山県では「実際と違うデータや環境で期待した効果を得ても、参考にはならない」と考え、実際の内部文書を使う決断をしました。正直なところ、当初想定していた以上にセキュアな環境を求められたのですが、この考え方は自治体に限らず、今後求められていくだろうと感じました。
問い合わせ対応はAIのサポートによって大幅に効率化
── 「書類データ検索」機能について、まず「問い合わせ対応のためのデータ検索」を検証されたそうですね。これはどのような実験なのですか。
細川: 広報課は文書発信を担当していることから、県民の皆さまからの問い合わせの窓口となることが多く、担当部課を探し出して取り次ぐ業務にかなりリソースを取られている課題がありました。
菊: 富山県様は200ほどの部課があり、プレスリリースも1日に十数通、月に数百件にのぼります。担当課を探し出す作業は、職員の経験・スキルによっても異なり、長い場合は30分ほどかかることもあるそうです。
細川:
そこで、例えばAIに「このイベントはどの課が担当していますか?」と質問を投げかけると、画面に関連する情報が表示されるというシステムを開発して検証を行いました。担当部課だけでなく資料も表示されるので、「イベントの開始時間」や「会場はどこか」といった簡単な問い合わせであれば、担当部課へつながなくてもその場で回答できます。職員の方々からも、この「資料がすぐ画面に表示される」方式は情報を探しやすく、便利だったという感想をいただきました。
回答は、検索結果の上位5件までを表示しました。われわれは「少し多いのでは」と思っていたのですが、先方はむしろ「10件あってもいい」とおっしゃっていて、ユーザーの立場から見た細かい使い勝手は違うものだと感じました。
複雑なシナリオ作成を短時間で、バリエーションも豊富に
── 「書類データ活用」機能については、「動画コンテンツのセリフシナリオ作成」を検証されたそうですね。これはどのような実験なのですか。
細川: 富山県の公式YouTubeチャンネルには、「立山のぞ夢」と「越野ちゆり」という2名のアバター職員が登場し、県の取り組みや魅力を発信していく動画コンテンツのシリーズがあります。動画作成にあたっては、動画の内容、アバター職員のセリフ、テロップなどの要素をどう動かすかといったシナリオを広報課の職員が作成していますが、これにとても手間がかかるという課題がありました。
菊: シナリオ作成ではまず、担当部課から情報を仕入れて、それを要約し、どこをアピールしていくかを考え、判断したのち、アバター職員の設定に合わせて会話調にアレンジしていきます。こうした作業に、半日程度かかる状況とのことでした。
細川:
そこで、こういったアイデアを出すのは生成AIの得意分野のため、活用方法を考え、シナリオ作成に生成AIを活用できるようにしました。
例えば、観光スポットを紹介する場合は、まずパンフレットなどの資料を読み込ませて、AIに必要な情報を要約します。次にこの情報をもとにして、アバターの設定やコンテンツの雰囲気も踏まえてセリフを作成する、といった指示を出し、YouTubeのセリフシナリオを生成AIで作成するものです。
── 利用者検証に参加された職員の反応はいかがでしたか。
細川: 構成やセリフを考える時間が大幅に短縮されますし、出来上がったシナリオがいまひとつだと感じた場合は、やり直しができます。また、「もう1パターン作ってみて」といった指示を繰り返し、さまざまなパターンから選ぶこともできます。「気を使うことなく何度も頼めて、すぐやってくれるところがAIならではで良い」という感想がありましたね。
菊: それに、「アバター職員の設定やシナリオの雰囲気を統一してテンプレート化し、広報課がシナリオ作成を取りまとめなくても、さまざまな部署がそれぞれの動画コンテンツを展開できるようになれば」という期待を持っていただけました。実現すれば、県内外への情報発信もどんどん増やしていけるという点で評価をいただいています。
── 「書類データ検索」機能については、問い合わせ対応のほかに「会計業務マニュアル内のデータ検索」を検証されたそうですね。
これはどのような実験なのですか。
細川:
自治体の会計事業は、条件によって必要な手続きが異なるため手順が複雑です。そのため「会計事務の手続きに関する手引書」を作成して、職員ポータル画面から参照できるようになっているのですが、そのなかから欲しい情報を探し出す手間がかかるという課題を、スタートアップ創業支援課からいただきました。
「こういう場合はどうするのか?」といった疑問に対応する情報は、文書の目次やキーワード検索だけではなかなか見つからないことがあります。その場合は、出納部門に電話で問い合わせる必要がありました。そこで、会計の手引書をデータ化し、生成AIに検索させ、回答を生成させるユースケースを検証しました。
この手引書には「第○章を参照のこと」、「詳細は別途記載」といった記載があり、検索・回答精度を上げるためには、参照先を埋め込むなど何らかの対応が必要でした。正直なところ、限られた検証期間中では思うような検索精度を得られませんでした。しかし、「まず書類の特徴を見極めることが重要」という知見を得られたことは、成果といえそうです。
「書類DX」から、根本的なフローを見直す「業務DX」の時代へ
── 今後、自治体はどのように展開していくと考えていらっしゃいますか。
菊:
今回のプロジェクトでは、マルチモーダルAIでテキストや画像といった種類の違う書類を同時に取り扱うことに一定の結果を出せました。自治体業務においては、正確に根拠を示すことがとても重要になってきますので、検索でかなり精度を出せたことには手ごたえを感じていますし、これをもとに業務効率化を推し進める手立てになるのではないかと思います。
少子高齢化が進行し労働人口が減少していくなかで、自治体は持続可能な運営を求められます。そうした現状をふまえると、自治体DXはかなり急務であると感じています。また、自治体業務においては、感染症対策や災害対応といった突発的な対応がどうしても発生します。そのためにも定型的、定常的な業務をいかに効率化し、生産性を上げていくかが本当に重要になってきます。それができる組織を目指して自治体DXが進んでいくのではないでしょうか。
生成AIに限らず、使えるところにAIを活用していくために、「AIの上手な使い方を見極めていく」という視点と、「そもそもの業務の在り方が、今のままでいいのか」という視点から、弊社は今回まず、書類中心のDX、いわゆる「書類DX」を提案した次第です。
この先は、「業務のスタートからゴールまで」を見直すかたちのDX、いわば「業務DX」の時代になっていくでしょう。業務をどう変えたいか、そのために必要なソリューションは何かを再検討し、必要なツールを組み合わせられる技術が必要となります。弊社としては、サービスだけを提供するのではなく、豊富な自治体業務の経験を生かし、お客様の業務改善に役立つソリューションをご提案することに今後もまい進します。それこそが、お客様のDX推進に加速をつけていくのではないかと考えています。
- ※本インタビューの内容は、2024年5月現在のものです。
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公開日 2024年06月28日
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