シリコンバレーでの生活
シリコンバレーは年間を通して気候が安定しており、高い晴天率が特長でとても住みやすいところです。肉類、魚類が豊富でワインの産地ということもあり、食も飽きることはありません。日常的に買い物をするスーパーは日本と比べても驚くほどアナログで、店員がポケモンをしながらレジを打つ姿にも慣れました。
トレンドをキャッチするという自分の役割は意識しているので、ネットより情報の早い朝のローカルテレビニュースは見ています。キャッシュレス決済とセンサ技術を駆使して開店したAmazon Goが閉店したこと、Googleが新社屋の工事を中止したこと、日本企業も多く利用しているCitrixやTibcoを傘下に持つCloud Software GroupをはじめとするTech企業が大量解雇した影響など、IT企業に必要な情報も入ってきますが、渋滞情報に気をとられることもままあります。日常生活だけでトレンドをキャッチするには限界があるといえるでしょう。
読み切れなかったトレンド
ご存知の通り、シリコンバレーには Apple、Google、Meta、NVIDIAに代表されるBig Techと呼ばれる企業が多くあります。街ではドライバーがいない自動運転タクシーが走っており、私も「Cruise」にユーザ登録しています。私も家族も日常的に先端技術に触れる機会が多いのは間違いなく、2023 年初めに ChatGPT(OpenAI)が話題になった際には、高校生の息子が「こんなのみんな前から使っているのに、何を今さら?」と聞いてきました。私は確固たる裏付けもなく「これがマーケティングであり、Microsoft のマーケット戦略だから」と答えましたが、腑に落ちない様子の彼とは別の思いを抱えていました。
実は2019年7月にMicrosoftが出資したタイミングで、とあるアクセラレータ(支援事業者)からIITも投資しないかと誘いを受けていたのです。しかし当時はMicrosoftが投資したとはいえ、企業のサイトへの問合せに対して自動的に回答してくれるような、数あるチャットボットの1つとしか認識できず、日本にもそのように報告しました。隠れている将来の可能性や投資した企業の戦略を読み切れなかったということです。
日常とトレンドをつなぐネットワーク
シリコンバレーでは、「Give and Take」という考え方を持つように言われます。まずは自分が相手にGiveすることが第一であり、「教えてください」というTakeファーストの姿勢では、あまり相手にしてもらえないことが多いようです。
一方で私が知るシリコンバレーの地場のアクセラレータや学術機関、スタートアップの人たちは驚くほど好意的です。私たちのような外国人でも誠実に活動していれば、プラスになりそうなことがあったら情報を提供してくれたり、チャネル構築のサポートをしてくれることが多いのです。
その流れからの紹介で、2023年3月に常に世界ランキング上位に入っているカリフォルニア大学バークレー校MBA(Haas)の研究団体(BIF:Berkley Innovation Forum)に加入させてもらいました。この団体に加入したことで、Haasで教鞭を執っているOpen Innovation提唱者のHenry教授、NVIDIAの上級副社長、ChatGPTプロジェクトを主導したMicrosoft 副 CTOなど、2015年のIIT設立当初には想像すらできなかった人たちと直接話す機会を得ることができました。
トレンドは誰かが仕掛けるもの
BIFのイベントに参加した際、Microsoftの副CTOに質問できる機会があったので、さっそく私はChatGPTブームについて尋ねてみました。彼女は次のように丁寧に説明してくれました。
- ChatGPTに見られるAIブームは2023年に突然始まったものでなく、2012年にDeep Learning革命が起きた流れの上にある。
- 2019年7月に1回目の出資をするまで2年以上の準備期間を設けていた。
- 2019年の出資から共同で具体的な協業体制とサービスコンセプトを創り上げた。
- その結果2023年に追加投資してマーケットへアピールするに至った。
- 2017年の調査開始から注目を集めるまでに6年を要したが、常に「How to build up new market」を考え、そして今トレンドの1つを作った。
- また、決して新しいものでなくユーザに対して基本的な次の3つのポイントを訴求した。
① 複雑な機能をラップして提供
② ユーザフレンドリーなインタフェースの実現
③ 一般ユーザに対して使い方を明確化
Microsoft のトレンドの仕掛け方(プロセス)の合理性を再認識し、家に帰って息子に話すと、「なるほど。ビジネスとマーケット戦略っておもしろいんだね」と納得したようでした。
米国に赴任して7年半、何度も悔しい思いをしましたが、そこでわかったことは、トレンドは自然発生するものではなく、誰かが仕掛けるものだということです。この経験から、IITでは調査プロセスの軸を①カネ(投資)、②ヒト(技術者の転職先)、③Big Techなどが行う情報コントロールとして再構築しました。
私たちは「あの人、Googleを辞めて今度あの会社に転職するんだって」というような身の回りの出来事と客観的なデータ、コントロールされているであろう情報に現地ネットワークを活用して接触し、それらを精査しながら、戦略立案やサービスコンセプト設計の仕組みを構築していきたいと考えています。