体のさばきが良くシニアで頭角を現した西岡選手

疋田 秀三
疋田:
インテックは2019年5月からトランポリン日本代表のオフィシャルトップスポンサーを務めています。CSRの取り組みの一貫でもありますが、当社の技術力を生かしてサポートしていきたいと考え、AIと画像解析を用いた演技解析システムを提供しています。また、会社としてスポーツを応援することで、社員の一体感醸成にもつなげたいと考えています。
今回は、演技解析システムを実際に使用しておられる西岡選手と人見本部長に、システムの期待効果や、改めてトランポリンと出合ったきっかけ、今後世界と戦うために必要なことについてお伺いしたいと思います。

西岡 隆成 選手
2003年11月1日、大阪府生まれ。2歳から体操、小学1年生のときにトランポリンを始め、小学6年生で出場した「2015全日本トランポリンジュニア選手権」で初優勝。21年に3回宙返り7回の大技で「難度点世界記録」を樹立、世界トランポリン銀メダル。全日本選手権では20~22年で3連覇、22年にはワールドカップで2度の優勝を果たす。2024パリで初めてのオリンピックに臨んだが、メダルを獲得するために攻めた演技を通すことができず、予選突破はならなかった。2028ロサンゼルスオリンピックでは、悲願である日本トランポリン界初のメダル獲得を目指している。
西岡: 僕は近所のクラブチームの体操教室で2歳から床やマット運動をやっていました。小学1年生の頃にそのクラブチームがトランポリンも教えることになり、くるくる回ったりしている姿を見て「やりたい」って言ったらしいのですが、覚えていません(笑)。でも、それがきっかけで始めることになりました。
疋田: ここまで続けてこられたということは、トランポリンが面白かったということでしょうか。
西岡: そうですね。空中で技をやる感覚というのは、日頃味わえない感覚なので、そこが面白さの一つだと思います。また、トランポリンは本番の時間が20~30秒なので、その中で自分の最大限の力を出し切る必要があります。しっかりと自分の演技ができたときの達成感は、やはり練習を積んで頑張ってこないと得られないものなので、それもまた一つの魅力だと思います。
疋田: 小学6年生のときには全日本トランポリンジュニア選手権で初優勝を飾っていますね。
西岡: その頃はまだ優勝しても単にうれしいという思いしかありませんでした。より上を意識し始めたのは、中学2年生の全日本トランポリン競技ジュニア選手権大会での優勝と、高校2年生のときに全日本トランポリン選手権大会で初優勝したときでした。
疋田: 現在は近畿大学に在籍していますが、学業とトランポリンの両立は大変ではないですか。
西岡: 大学からはいろいろと配慮いただき、比較的競技に集中できる環境になっているので、それほど大変ということはありません。基本的に月曜日から土曜日まで練習があり、練習が終わったら課題をこなすという生活です。
疋田: トランポリン以外に興味のあることや趣味はありますか。
西岡: 小さい頃からゲームが好きで、今でもオフの日の日曜日はほとんど家でゲームをしています。朝の9時からずっとゲームをしていて、気が付いたら夜の8時だったということもよくあります。
疋田: オン・オフをはっきりさせることで、競技のモチベーション維持にもつながっているんでしょうね。人見本部長のこれまでの経緯もお聞かせいただけますか。

人見 雅樹 本部長
1983年生まれ、東京都出身。2001年世界選手権日本代表。07年小松大谷高校に赴任し、岸彩乃選手や岸大貴選手などを育てる。09年から日本トランポリン協会強化委員会に所属し、ナショナル候補監督を務める。18年から日本体操協会トランポリン強化本部員として活動し、24年11月から現職。
人見:
私はもともと高飛び込みをやっていて、小学4年生の頃にオフのトレーニングとして先生にトランポリンを勧められたことがきっかけです。正直に言いますと、高飛び込みは入水に失敗すると痛いので、それが嫌でトランポリンへ転向しました(笑)。その後、アテネオリンピックの出場権を獲得すべく世界選手権の代表として出場したのですが、残念ながら日本男子として唯一出場権を逃した大会となってしまいました。
コーチになるきっかけは、私が大学院2年生のときに石川県の小松大谷高校に有力な選手がいるので、ぜひ教員として来てほしいという話をいただいたことです。ロンドンオリンピック出場の岸彩乃選手や、東京オリンピック出場の岸大貴選手を教えていました。17年からは、岸彩乃選手のテクニカルコーチのほか、主に女子チームコーチやチームマネージャを務めています。
疋田: コーチとして西岡選手の印象はいかがでしょう。
人見: シニアの年齢規定を満たした21年の高校3年生の頃、後方3回宙返り3回ひねりという今でも高難度の技をすでにマスターしていました。ジュニアの国際大会ではあまり成績が振るわなかったのですが、シニアの年齢を満たしたとたん急に頭角を現してきました。西岡選手は特に体のさばき方が上手で、難しい技をいとも簡単にこなしているように見え、少し前までの日本人選手の課題を全てクリアしている印象があります。
高難度の技に挑むためのトレーニング

疋田:
後方3回宙返り3回ひねりという高難度の技の話が出ましたが、今の世界のトップレベルの技は、どんどん進化しています。
世界で戦うためには、どういうことに挑戦していかなければならないと考えていますか。
人見: まず、2025年から新しいルールになりまして、このルール改正が西岡選手にとってだいぶ追い風になると考えています。というのは、先ほど言った後方3回宙返り3回ひねりのボーナス点がとても高くなりました。彼がこれを取り入れた21年の演技構成は、ワールドレコードを出したにもかかわらず銀メダルの結果に終わりました。当時のルールでは難度を上げると演技点が下がり、総合的な評価が下がる傾向にあったのです。今後日本男子としても、ルール改正に合わせて2大会3大会先を見据えていくことがとても重要だと思っています。
西岡: 選手からすると、難しい技をやっていかなければならないルールになりましたが、僕としてはそれほど苦ではありません。21年のワールドレコードも更新していますし、新しい技にチャレンジするのは楽しみでもあります。ただ、難しい技をやるとどうしてもけがのリスクも増えていくので、陸上のトレーニングを増やすなど、トレーナーに相談しながら体を壊さない練習メニューを組む必要があります。
疋田: トランポリンの選手は、体操選手に比べるときゃしゃに見えます。普段はどういうトレーニングをしているのですか。
西岡:
話を聞く限り、体操の選手はほとんどウエイトトレーニングをしないそうです。競技だけであの腕の筋肉がつくられるそうで、逆にやり過ぎると筋肉が付き過ぎて動きが悪くなるから、練習を控える選手もいるそうです。
逆に僕たちはウエイトトレーニングもしますし、最近は低酸素トレーニングを多く取り入れています。僕は標高3200mに設定してトレーニングをしていますが、これにより持久力のアップが期待できます。トランポリン競技は10回連続でジャンプし、滞空時間の長さ、着地点の正確さ、演技の美しさ、技の難しさの合計点で順位を競いますが、初めから難度の高い技を組み込んでいくと、最後まで体力が持ちません。しんどい中でもしっかりと演技ができるトレーニングをしなければならないので、筋力と共に持久力も養えるよう努力しています。
人見: トランポリンは跳躍競技でもあるので、負荷に対する強度も必要ですが、余分な重さになる筋肉によって跳躍しづらくなることは避けたいと考えています。男子に関しては18年頃からウォーミングアップを見直し、21年からは反力を効率よく使いこなすトレーニング、例えば床で簡単に跳ねるだけのリバウンドジャンプや、伸張反射とプライオメトリクスというトレーニングも取り入れています。
疋田: 競技の時間は20~30秒と一瞬で終わってしまうため、普段のメンタルトレーニングも非常に重要だと思いますが、その辺はいかがでしょう。
西岡: 今までメンタルトレーニングは行ったことはありますが、僕は日頃からのマインドが大切だと思っています。本番の時だけ大丈夫だとか自分を信じると思っても、そんなに都合よくはできせん。普段からポジティブ思考になることを心がけています。
正確なデータで気付きを与えてくれる演技解析システム

疋田: 現在はスポーツ全般において、デジタルを用いてレベルアップしようという取り組みが行われています。演技解析システムを実際に使ってこられて、練習に変化はありましたか。
西岡: システムがない頃は、演技をやり終えてこの技がうまくいかなかったという感覚があっても、撮影した動画で確認すると意外と悪くないということがあり、感覚のズレを合わせるだけでした。システムが導入されたことで、これまでの感覚のすり合わせだけでなく、「演技点の減点が見られる」とか「高さの減少が見られる」など、データに基づいた指摘があるので、すぐに修正できるのがありがたいです。練習の質が上がったと感じています。
人見:
AIによる画像解析は、選手に気付きを与えて本人が検証できることが一番の利点で、コーチが言う以上に学びの機会になっていると感じています。AIによる判定も骨格推定による演技の部分と、オープニングとダウン※1の判定、高さと移動の視覚化といった競技に関しての判定があるのですが、コーチだとどうしても主観で気になったところを先に言いたくなります。それが、AIに指摘されたところから話を始められる上、科学的なデータに基づいたコーチングができるため、とても役立っていると感じています。
特に、姿勢の角度や演技の運動効率、演技点評価など、これまでは姿勢のボディーラインだけで判定してきたところを、骨格点をつないで線で見られるので、減点対象になるか否かがはっきりわかるのがありがたいです。
疋田: これまでも改良を重ねてきましたが、ここからさらに機能のレベルアップを図っていこうと思っています。あったら便利だと思う機能で、思い付くものはありますか。
西岡: AIのことは詳しくないのでどこまでできるかわからないのですが、例えば技をかける時に自分の体で力が入っている部分がわかると、変なところに力みがある場合は演技改善につながるかもしれません。
人見: 例えばメジャーリーグでは打球の角度、初速スピード、回転が映像だけで解析できるので、今後演技解析システムでもその辺りが解析できるようになるとすごいと思います。私としては、飛び出しスピードや角度、技の回転速度がわかると、日本人と外国のトップ選手との比較ができてうれしいですね。
疋田: 将来的にはぜひ考えていきたいですね。素朴な疑問ですが、トランポリンの撮影は今は横から行っていますが、縦や斜め下など、撮る角度によって姿勢の捉え方、見方も変わるのではないかと。カメラを複数台組み合わせることで、演技の修正がしやすくなるのであれば、そういう要望もあると思うのですがいかがでしょう。
西岡:
カメラは複数台あるとうれしいです。最終的には自分の演技をどんな角度であっても肉眼で見られればいいという感覚です。360度全方向にカメラがあり、立体的に映像が見られるのであれば、姿勢はもちろん、踏み込んだときの視線の位置や首の位置、手の角度など確認したい部分がとても見やすくなると思います。
横と縦のカメラの話で言うと、トランポリンは技をかける前にしっかりとまっすぐ入らなければなりません。しかし技をかけたい気持ちが先走り、斜めを向いて入ってしまう選手もいるので、そうした確認をしたいときに横と縦というのは必要かもしれません。
疋田: これまでのAI技術の進化から想像すると、一つのカメラからAIが勝手に立体映像に変えることもできるようになると考えられますね。
いつでもどこでも誰でも使える演技解析システムへ

疋田:
演技解析システムはナショナル強化指定選手の練習拠点に設置されており、これまではその施設でなければ利用できませんでした。しかし解析結果をいつでもどこでも手持ちのブラウザから閲覧できたり、複数の人間が同時に利用できるようになれば、さらに利便性が高まると考え、先日インターネット経由で利用できるクラウド版を開発しました。
演技の技術向上のためにシステムを使ってほしいのはもちろんですが、使える人も増やしていきたいと考えています。今はテスト段階として代表選手の方のみが利用可能ですが、いずれはトランポリン競技をしている人たちに広く使っていただけるようになればと考えています。
人見: トップ選手だけでなくいろんな選手も使えるようになったとき、「あなたの場合は、ここまでの高さや演技評価が出せますよ」とAIに助言してもらえるようになるといいですね。地方のクラブではライバルがいないことも多いので、AIがメンターの存在になるというも面白いと思います。
疋田: クラウド版を誰でも使えるようにするといっても、代表選手の目線とジュニア選手の目線は違いますから、それぞれのレベルに対応した専用のアプリなどが必要になるかもしれません。
人見: 利用する側も使いこなすにはITリテラシーを上げていく必要がありますので、私たちも勉強しなければならないと思っています。
金メダルの鍵となるのは組織力と他分野との交流

疋田: 最後に、今後大きな大会で実力を出すために取り組んでいきたいことをお聞かせください。
西岡: 初出場したパリオリンピックで感じたことは、チームとして戦うという意識が一番重要になってくるということです。女子と男子で本番時間が異なり、行動も別々になったことで、もちろんお互いに応援していたものの、組織力を生かし切れなかったと感じています。大きな大会では個々の実力はもちろんこと、選手やスタッフ、コーチ、トレーナーが一丸となって挑んでいくことが、勝つための一つの鍵になると思っています。
人見: 私は客観的な視点でのコーチングをモットーとしており、今後はより科学的に情報分析をしていく必要性を強く感じています。オリンピックではまだトランポリンのメダルは取れていませんが、はっきり金メダルを目指しています。そのためには最大値と再現性をいかに高めていくかにかかっているので、さまざまな専門家の方と協議しながら進めていきたいと考えています。他の競技とも連携し、幅広い分野の方と交流を深め、選手にも展開できたらと思います。
疋田: インテックとしては、トランポリンの競技人口を増やしていくことにも貢献したいと考えています。先日、演技解析システムを活用し、ジュニア選手が練習を続けて日本代表選手になるという成長ストーリーを描いた動画※2を制作しました。トランポリン競技がより多くの人の目に触れる一助になればと思っています。また、インテック社内でもトランポリン競技の認知度を上げていく必要があると考えています。具体的には社内にファンクラブをつくりたいですね。もっと選手たちのマインドを向上させる企画ができればと考えています。今回のお話の中にもいろいろヒントがありました。ありがとうございました。
- ※1オープニングとダウン:トランポリン競技の演技種目の姿勢に関する採点基準の項目で、オープニング(opening)は宙返りで抱えを開くタイミングのこと。ダウン(down)は宙返りの後半で回転を調整するために腰や膝を曲げる動作のこと。それぞれ開いたり、曲げたりする回転角度によって減点対象となる場合がある。
- ※2インテック × トランポリン 演技解析動画Ver.2