AI導入の際に生じる壁を突破するには成功体験が必要
── まずは、2024年に新設した技術戦略本部についてお聞かせください。

技術戦略本部長
有賀 睦
有賀:
当社では業務の完全自動化を目指し、中核事業の効率化と拡大を推進するために技術戦略本部を新設しました。具体的には、全社の技術戦略の策定だけでなく、AI人材の育成や技術者ネットワークを作るなどした上で、各施策の推進を手掛けていこうとしています。
まずは、2年後をめどにシステムの提案、開発、運用、保守といったところにAIを活用して、お客さまからお預かりしているシステムの知識やノウハウを循環させて価値を高めていくことを目標にしています。また、間接業務もAIを使って効率化していくことを目指しています。ただ、AIに関しては本部を立ち上げてからも日々技術が進歩しているため、どうしていくべきか悩みは多く、今回江崎先生にいろいろとお聞きできればと思っています。

江崎 浩 教授
1987年に九州大学工学部電子工学科修士課程修了。98年10月より東京大学大型計算機センター助教授となり、2001年4月より東京大学情報理工学系研究科助教授。05年4月より現職。WIDEプロジェクト代表、日本ネットワークインフォメーションセンター理事長などを務める。
江崎:
僕自身はずっとインターネットを作るところから研究開発をしてきましたが、インターネットは全てのコンピュータやデバイスをつなげることを目標としてスタートし、TCP/IP※1という共通化されたアーキテクチャによって実現してきました。AIもやはり、どういうふうに作っていくかが重要なポイントで、おそらく苦労されているところは、どのように正しいデータをリポジトリ化※2すべきか、だと思います。
AIがいま注目されているのは、GAFAM※3が世界中のデータを取れるというところから、パブリックLLM(Large Language Model:大規模言語モデル)というランゲージモデルが出てきたことと捉えることができます。ところが、今パブリックLLMからプライベートLLMへ移行しつつあります。これは、パブリックにしていない貴重なデータをどうやってリポジトリ化し、そこから新しい価値を生み出すかに焦点が移ってきていると認識しています。
そうした中で、LLMがもはやマルチモーダル化していて、文字だけでなく、画像や動画、3D情報などLMM(Large Multimodal Model:大規模マルチモーダルモデル)に変わってきているというのが現状です。
有賀: 確かに、取り扱うデータは文字データだけではありません。
江崎:
もう一つは、チューニング時にパブリックLLMとプライベートLLMを足した形のRAG※4をどう作るかでしょう。会社やグループが持っている非常にセンシティブな情報をカスタマイズして、どう特徴のあるものを出していけるか。また、AIを社内システムやDXに適用する上で、アクセス権限の管理方法も重要なポイントです。
今、これまで部所ごとやプロセスごとに閉じていたサイロ型のデータも完全デジタルにしようとしていると思います。そうすると、As-Is※5のプロセスの効率化というのは、次のTo-Be※5においては、今の業務プロセスではない形で組み立てていくことになるため、そこに抵抗を感じている人も多く、そこが皆さん、一番悩んでいらっしゃるところだと思います。

テクノロジー推進部長
金平 剛
金平:
AIの社内導入については、ツールを使いこなすことに加えて、社員一人一人が仕事の進め方や考え方を変えていく必要があります。今はまず、利用する環境を与え、AIツールに慣れるところから始めています。その上で、AIを前提にした最適な仕事の進め方へシフトしていくことになります。ただ、今おっしゃった通り、自分のこれまでの仕事の進め方に固執し、なかなか変えようとしない人がいると、非常に大きな障壁になるケースがあります。
江崎:
例えば、自治体の職員の中には仕事を効率的にやるために、デジタル化はやめてほしいと訴える人がいます。どうしてかというと、全体のプロセスをデジタル化できないので、結局アナログとデジタルが混在して面倒になるというわけです。でもそれは、基本的には全部デジタルで完結しておいて、仕方がないところだけアナログにすることで、その例外処理だけ人間がやればいいですよね、ということを実感すると、態度が180度変わります。意識を変えるには、こうした成功体験がとても重要だと考えています。
AIにあまり期待し過ぎず割り切りが必要
有賀: 来期は社内DXに力を入れていく予定ですが、できればBPR※6に近いぐらいのことをやって、とにかく無駄な作業から卒業していこうとしています。でもそうなったときに、AIで何ができるかをみんなが共通的にわかっていない状態でやると、結果として不十分なものになるのではと考えています。日々進化していくAIを使ったBPRを考えたときに、どういうところに注意して進めていけばいいのでしょう。
江崎:
AIにあまり期待し過ぎないということです。例えば、しょせん営業は確率で100%当たることはありません。それと同じでAIが出してくる提言は、参考情報として使えばいいと割り切ればいいと思います。独立系SIerの事例では、優秀な営業のコピーをAIエージェントとして活用し、お客さま対応や新人トレーニングを行っていますが、AIがスケジューラーも全部管理していて、営業回りの人の空き時間に「ここへ行ってみては」というサジェスチョンも行っています。
普通の人間だとお客さまになりそうにないので喫茶店で休んでしまうところを、AIはそんなことは関係なく、効率よく回れるよう空いているところを埋めていきます。それによって、実は営業成績が上がったという話があります。ダメ元でも一つ当たればいいわけです。
有賀: でもなんだかAIに働かされているような感じがします。
江崎: 営業からすれば、成績が上がることで自分の評価が上がり、報酬にも跳ね返ってくるわけです。ただ、それを使うかどうかは営業に任せているところがポイントです。AIの言うことを聞けと言ってはいません。
有賀: なるほど、AIがなければ、結局いままで通りの働き方しかしないですよね。AIが別の働き方のきっかけを提案してくれるけど、それに従うかどうかはあなた次第ですと。
江崎: 他にも、コンサルテーションはAIの方が実はものすごくみんな安心して受け入れてくれます。そのため、例えば1on1も上司相手ではなくAI相手にやることで受ける側が精神的に楽になり、正直に話すようになります。深層心理を知りたいときにもAIの方がやりやすいということも、すでに知られています。
金平: そういう使い方もあるんですね。
江崎: 教育のプログラムも同じことで、相手がソフトウェアだと失敗しても恥ずかしくないので精神的にも楽です。もちろん、その後ろ側にはデータのマネジメントがしっかりできていることが重要で、信用してAIと会話をするかどうかにかかってきます。
有賀: 情報を漏らさないという観点からもマネジメントは重要ですよね。1on1も上司側からしてもなかなか時間が取れず、やっても仕事の話で終わることがあります。それがセルフで行え、情報は絶対漏らさないで、評価もきちんと平等にやってくれるのであれば、工数も削減でき精度も高くなり、さまざまな面でメリットがあると思います。
江崎: 例えば、社長のAIエージェントを作れば、社長とは直接話はできないけどAIだったらできます。そのために、社長は頑張って自分のプロファイルを作るようになると思います。
有賀: そのように考えると、いろいろと面白いですね。どうしても、いまの業務がベースにあって、それをAIと結び付けて価値をつくっていこうと考えがちで、そうなると、現状のAIだとできることが限られてしまいます。でも、まったく違う発想で考えれば、もっといろいろなことができそうです。
江崎: そのためにもまず、データをきちんと共通化しましょうと訴えています。
データの正確性がAIの質を大きく左右する
有賀: 別部所ですが当社も少し前から全社的なデータ整備を始めています。社内業務で使うデータとお客さま用に使うデータはすでにサイロ化されていて、お客さまごと、プロジェクトごとでばらばら。フォーマットもばらばらで、まずは社内業務用のデータを整理していこうとしています。ただAIで使うデータと、計数などの数値データをどのように分けて扱うか。特に管理会計などは正しい数字である必要がありますが、AIでは多少曖昧でもスピード重視なので、統合データベースを作るときに、それぞれ役割の違うデータの管理をどのように考えていくべきかが課題で、ノウハウがないため、教えを請いながら取り組んでいる状況です。
江崎: 結局、データ自身はアプリケーションには関係ありません。またAI自身も、最初のLLMのときには構造化データがないところからスタートして、今では構造化データを扱うようになり、ものすごい勢いで進歩しています。そのため、あまり考え過ぎず全部突っ込んでしまっていいと思います。ただ、できるだけマシンリーダブルなデータで打ち込むことが重要です。
有賀: 早くデータ基盤を作り始めていかないと、という思いはあるのですが、具体的にRAGの検証も、どういう形でデータを持たせておくべきか、まだ結論が出ていない状態です。
江崎: ヒントとしては、先ほど挙げた独立系SIerの事例で言いますと、その企業は1990年ぐらいからしっかりしたデータリポジトリを作り始めており、そのとき、従業員に徹底したのは「正しいことを入力しなさい。いい加減な週報を書くな」ということです。
金平: データをきれいにそろえるためには、システムの標準化とともに、入力ルールの徹底や社員教育が必要ということですね。
江崎: 完全ではないけど、それを上手に処理してくれるのがAIなわけです。その次に、定型化されたプロセスに従って動かしていくアプリケーションをその上に乗せていく形になります。一番重要なのは、正確なデータなのか。表現が間違っていると、AIがそれに引きずられてしまうため、「嘘を書くな」ということを徹底していたそうです。
有賀: そうなると、60年の歴史のある当社の場合、すでに正しいデータかどうかもわからないものがたくさんあります。それをいかに使っていくべきか。きちんと整理できるのであれば、60年分の歴史がノウハウとなり、当社の強みになるのですが、そこへ到達するまでの壁はかなり高いかもしれません。
江崎: 日々の営業ではごまかしがあるかもしれませんが、まずはカタログやインタビュー記事などはほぼ嘘がないはずです。そういったものをOCR技術によって自動的にデジタル化していくことから始めるといいでしょう。
AIを活用したいけれど、導入にコストがかかるというジレンマをどう解消すべきか
── AIを導入するにあたり、いま抱えている課題はありますか。
有賀:
当社はシステムの新規構築の他に保守・運用も多く手掛けています。この保守・運用には、お客さまのシステムを深く理解し、次の刷新案件を受注しやすくなるというメリットがあります。しかし、保守は契約した作業を行うだけで利益が得られるため、利益を優先するとお客さま業務を理解することや、エンジニアの育成を後回しにしてしまいます。その結果、保守・運用のメリットを生かせず、長期的にお客さまと良好な関係を築くことが難しくなります。
そこでお客さまの業務理解に注力できるようにするため、本来の保守作業にAIを導入して効率化を図ろうと考えていますが、AIの導入にコストがかかるというジレンマに直面しています。
江崎:
似たような事例としてデータセンターのLLMもすでに作られています。データセンターの動きはすべてデータを取れるため、どうするとどう反応するかがわかります。そうするとAIが最適化できるため、例えばAIによって電気代を30%から40%削減できるようになっています。
これは、保守・運用マネジメントとしてのAIの使い方なのですが、なぜこんなことができるかというと、結局これまでは部分的なコントロールはできても全体は把握できておらず、保守会社もばらばらで、すべてを統合してマネジメントすることは、今までほとんど実現してきませんでした。保守メンテナンスにAIを入れることで、今までできなかったメンテナンスを実現できることがわかっています。
後はコストに見合うかどうかです。データセンターは電気をかなり消費しますが、それがPL(損益計算書)とBS(貸借対照表)にどう響くかなんです。PLは基本的にオペレーショナルコストとして入ってきます。これを改善するという話です。一方BSは、AIに尋ねて、例えば10年後にマシンの更新期になったとき、どうするかというシミュレーションもできるわけです。そうすると、キャッシュフローがどうなって、BSがどうなるという計算ができて、コストに見合う保守メンテナンスを実現すればいいわけです。
保守・運用で、長期的なお客さまを捕まえるのか短期で売り抜けるのかで変わりますが、インテックさんとしては長期にやりたいと思うので、BSに響くようなところが効くと思います。
有賀: 確かにそうですね。インフラ保守・運用では、お客さま向けに、バージョンアップする時期やコストの提案をしています。ただ、その上物のアプリケーションまでは提案できていないこともあるので、システム全体の将来的なコストをシミュレートすることで、お客さまも喜ぶと思います。
江崎: あとネットワーク業界で起こっていることとして、ばらばらなマネジメントツールをすべてLLMに食べさせて、ワンインターフェースで見せるということがすでに始まっています。保守メンテナンスは人がやるしかない状況ですが、この経験をAIにすべて任せていこうとしています。
有賀: AI活用というと、生産性向上や効率化という面で捉えがちですが、AIは何のために入れるのか問われたときに、社員やお客さまに響く回答とは何でしょう。
江崎:
僕がよく言っていることは、「買い手よし、売り手よし、世間よし」の「三方よし」ですね。三つが全部ハッピーにうまく回ることで、ウィンウィンウィンの関係をつくる。そうすれば、例えば効率化を目的に入れたツールがクリエイティブなことにも活用できるとうれしいですよね。そうすると、クリエイティブのために入れることと、効率化のために入れることを、一粒で二度おいしいという形に仕上げるとうまく回ります。だから、AIを使って効率化をしましょうということは、正しいわけです。
でも、効率化をすることにプラスして、常に新しいものを生んでいきましょう、ということを横に置いておくと、いろんなアイデアをある意味、盗んでこられるわけです。あるもののために作った発明が別の目的に使われたりすることは、よくあります。だから効率化のために入れたものがクリエイティブにも使えることを目指し、常に考えておくと面白いことができます。AIを入れておくことで、さまざまなバリューを生んでくれる可能性を秘めている気がします。
有賀: そこが先ほど言った成功体験という部分も含めて、やってみないと分かわからない。やってみると得るものがあって、そこからやる気に変わってどんどん使う人も増えると思いますが、本当にやる気まで持っていく人はごくわずかだと思っています。
江崎: 例えば営業の会話でお客さまの欲しいものが出てきても、担当の営業がその場で気付かないケースもあります。そのとき、きちんと会話を録っておくことでログが残り、たくさん集めてみたら、そういうことを思っている人が多いことがデータから出てくるかもしれません。個々の営業担当が気付かないバリューに、AIは気付きを与えてくれます。
有賀: 当社の営業にMicrosoft 365 Copilotを活用してもらおうとしているのですが、要望として最初に出てくるのが議事録なんです。ただ、議事録を取ってきても、そんなに役立たないのではと考える人もいて、結局、議事録を取っても読まないだろうということになる。けれども、そうした議事録を数百件積み重ねていけば、お客さまの考えがよくわかったりする、という使い方があるわけですね。
江崎: 議事録はこれまで手作業でしたが、今は録音でいいわけです。お客さまに許諾を得て、AIに文字起こしをさせ、それをデータとして残すだけで済みます。
あくまで人間が主役でありAIはサポート役
── 最後に、今後どんな未来を目指したいとお考えなのかお聞かせください。
江崎: やはり人とAIがどう共存していくか、という話になると思います。主役は人間なので、人の活動をどうサポートするか。今後、必然的に少子高齢化に進まざるを得ないため、たくさんのロボットが必要になると思います。ただそれは、人が快適に楽しく生きるため、ロボットあるいはAIがいるということなので、そこのところをきちんとベースに守っていけば、AIと人間は、おそらく非常にポジティブな関係を築けると考えています。それが目指すべき方向ではないかと思います。
有賀: 人が主役というところは、当社もこだわりたいと思っており、どうしてもAIで自動化のようなことを求め過ぎると、人は必要なくなってしまいます。最後は人が品質をチェックしていくべきだと考えています。基本的な根っこのところの考え方が一緒だったので、とても安心しました。
金平: 当社のポリシーとして一人一人が意思と意見を表す存在でなければならないと、はっきりうたっています。今回お話を伺って、社員自身がお客さまのことをより考えた上で、AIをどう使っていくかという発想をしていかなければならないと、改めて考えさせられました。ありがとうございました。
- ※1TCP/IP:Transmission Control Protocol/Internet Protocolの略で、OSや機器が異なっても相互に通信ができるよう開発された共通の通信プロトコル。インターネットをはじめさまざまなコンピュータ通信において、標準規格として利用されている。
- ※2リポジトリ化:さまざまなデータや成果物を保存し管理する仕組みを構築すること。
- ※3GAFAM:現在世界のIT業界を牛耳っているGoogle、Apple、Facebook(現Meta Platforms)、Amazon、Microsoftの5社を表す造語。
- ※4RAG:Retrieval-Augmented Generation(検索拡張生成)の略で、学習済みのデータには含まれない自社に蓄積されたデータなどを活用し、LLM(大規模言語モデル)を用いて信頼できる回答を生成させる手法。
- ※5As-Is、To-Be:現状(As-Is)と目指すべき状態(To-Be)のこと。現状を把握し、取り組むべき課題を明確にすることで、経営やプロジェクトの方針を計画する。
- ※6BPR:Business Process Re-engineeringの略。業務におけるプロセスを根本的に考え直して再構築し変革を行うこと。