INTEC TIS INTEC Group

株式会社インテック RECRUITING 2019

PERSON インテックの人 山あり、谷あり、成長あり。技術ニンゲンの冒険。

物理学専攻。新しいモノ好き新入社員の葛藤。

大学の専攻は物理学。一見コンピュータと関係なさそうだと思われるのですが、実はあります。僕が専攻した領域は、実験道具がないかわりに、シミュレーションするための大規模な物理計算をするコンピュータが必要でした。一般的なパソコンを何十台、何百台とつなげて計算を行う仕組みをつくる。だから、ITには馴染みがあったんです。新しいモノ好きなので、縛りがありすぎる会社は合わないだろうと思いました。メーカーだと、自分が好きなものを選んでお客さまに提供できないのではないか。だから独立系のSIerがいいなぁと。僕は富山出身なので、高校生の時からインテックのことは知っていたんです。まさか自分が働くことになるなんて思っていませんでしたけど。入社後に配属された部門では、自治体向けのシステムを開発していました。先輩方に恵まれて、教育担当の先輩もすごくいい方。地元の富山にも貢献できる。それなのに新しいモノ好きの僕は、入社して1年が経つころ、もっと刺激の強い「何か」がほしいと思うようになっていました。

Linux、OSS、仮想化技術。社内公募でつかんだ波に乗れ。

生意気な僕はある行動に出ました。社内公募制度。新規事業などが始まる前にやりたい人が自由に応募できるチャレンジ制度です。当時は、Linuxやオープンソースソフトウェア(OSS)というものがこれからビジネスになると睨まれていた時代。その流れに乗りたかった。なんと、念願叶い技術部に配属に。会社のスタッフ部門の一部として、スキルや情報の蓄積に専念しました。社内の技術的な情報発信、研修トレーナーみたいなこともやりつつ、虎視眈々と商機を狙い準備する日々。まさにベンチャー企業のような高揚感があった。新しい技術の研修を受けに行ったり、ライン部門の人と一緒にお客さまの元へ行き、技術的なアイディアを提供するような仕事もした。失敗とかリスクとか、細かいことを気にせずに、ただただ前へ。それは、楽しい日々でした。その後、別部門に異動になり、Linuxの仕事を続ける一方で、ちょっと面白い取り組みも。仮想化技術という新しい技術で世界のパイオニアを目指すという話が持ち上がったのです。僕が学生時代に研究していた馴染みのある分野。1台のコンピュータの上で、複数の仮想コンピュータを動かすような技術です。まさに大好物。願ってもみないチャンス。仮想化基盤やITインフラの設計に没頭する日々を過ごしました。

嫌な予感的中。技術人間、マネジメントの壁にぶつかる。

そんな中、ある転機が訪れます。当時、金融機関や大手通信キャリアなどで利用されていた特殊なブレードサーバも使っていたのですが、この知見がある人がなかなかいないということで、僕が大手証券会社の案件を担当するよう命じられたのです。当時、入社5年目。リーダー待遇で、メンバーもつけてくれるという。正直、気が進みませんでした。新規のお客さまなので関係構築もゼロ。技術だけでやってきた僕からすると、技術以外の他の業務が負担になるように思えたのです。悪い予感は的中。社内のメンバーも10人くらいになり、マネジメントスキルが求められた。責任者としての調整の仕事が増えた。お客さまや協力会社の人との柔軟な連携が求められた。人に仕事をお願いしなければ、すべてが回らなくなった。「仕事なんて全部自分でやってやる!」というノリでやってきた僕は、スタイルの強制転換を求められたのでした。最初はふてくされながらも、なんとか仕事をしていたのですが、ふてくされていたって、何も前に進まないことに気づきました。このままじゃ、ダメなんだと。

入社12年目、リーダーはいまだに苦手。技術の方が好きですが。

現在はインテックが提供するクラウドサービスの開発と運用を担当する部門にいます。1社ではなく、いろんな企業で使っていただくITインフラ、仮想の基盤を共有しようというもの。技術力が求められる局面が多いため、サービス仕様の説明や運用状況の確認で営業担当と一緒にお客さまの所へ足を運ぶことも多い。自社サービスなので全部自分たちでやらなきゃいけない苦労もあります。今の部所は、2つの部門が融合した部門。最初は文化の違いや仕事のやり方のギャップの調整に苦労しました。ここで活きたのが、あの証券会社プロジェクト時代の経験です。しかしながら、リーダーの仕事は、今でも得意ではありません。苦手です。やっぱり、システムを触ったり設計したりする方が楽しいですから。でも、それじゃダメだなとも思うように。いつの間にか後輩が増えてきて、自分もいい年齢になってきた。1年目のとき熱心に指導してくれた教育係の先輩や、さまざまなことに挑戦させてくれた上司のおかげで、今がある。次は僕が後輩たちに成長の機会を与える番なんじゃないかと。新しいモノ好きだった自分が、新しい自分になることも楽しめるようになってきた。インテックに入社して変わったことです。

クラウドサービス部 サービス開発課主任 木本 佳成

PROFILE

2005年入社。学生時代の専攻は物理学。Linux、OSS、仮想化技術など、システムの基盤技術を専門にしてきた根っからの技術肌であり、新しい技術には率先して取り組んできたチャレンジ人間。プライベートでは、3人の子どものパパ。休日には会社の同好会や地元の仲間とバスケットボールを楽しんでいる。

PROFILE

入社1年目
富山本社で行政システムセンターに配属となり、自治体のシステムを担当する。
入社2年目
社内公募制度を活用し、スタッフ部門の技術部へ異動に。LinuxやOSS(オープンソースソフトウェア)などの事業化に向けた準備に携わる。ベンチャー企業のような日々を経験。
入社3年目
ITプラットフォームサービス事業部へ異動。お客さまに対する提案を行うように。仮想化技術の取り組みを始めたのもこの頃。
入社5年目
大手証券会社のお客さまを担当。初めてのマネジメントに奮闘する。
入社7年目
クラウドサービス部へ。さまざまなお客さまに提供するITインフラの開発に携わる。新サービスのリリースに追われながらも充実した日々を過ごす。

INTEC TIS INTEC Group

CLOSE

株式会社インテック RECRUITING 2019

30's クラウドサービス部 サービス開発課主任 木本 佳成

山あり、谷あり、成長あり。技術ニンゲンの冒険。

物理学専攻。新しいモノ好き新入社員の葛藤。

大学の専攻は物理学。一見コンピュータと関係なさそうだと思われるのですが、実はあります。僕が専攻した領域は、実験道具がないかわりに、シミュレーションするための大規模な物理計算をするコンピュータが必要でした。一般的なパソコンを何十台、何百台とつなげて計算を行う仕組みをつくる。だから、ITには馴染みがあったんです。新しいモノ好きなので、縛りがありすぎる会社は合わないだろうと思いました。メーカーだと、自分が好きなものを選んでお客さまに提供できないのではないか。だから独立系のSIerがいいなぁと。僕は富山出身なので、高校生の時からインテックのことは知っていたんです。まさか自分が働くことになるなんて思っていませんでしたけど。入社後に配属された部門では、自治体向けのシステムを開発していました。先輩方に恵まれて、教育担当の先輩もすごくいい方。地元の富山にも貢献できる。それなのに新しいモノ好きの僕は、入社して1年が経つころ、もっと刺激の強い「何か」がほしいと思うようになっていました。

Linux、OSS、仮想化技術。社内公募でつかんだ波に乗れ。

生意気な僕はある行動に出ました。社内公募制度。新規事業などが始まる前にやりたい人が自由に応募できるチャレンジ制度です。当時は、Linuxやオープンソースソフトウェア(OSS)というものがこれからビジネスになると睨まれていた時代。その流れに乗りたかった。なんと、念願叶い技術部に配属に。会社のスタッフ部門の一部として、スキルや情報の蓄積に専念しました。社内の技術的な情報発信、研修トレーナーみたいなこともやりつつ、虎視眈々と商機を狙い準備する日々。まさにベンチャー企業のような高揚感があった。新しい技術の研修を受けに行ったり、ライン部門の人と一緒にお客さまの元へ行き、技術的なアイディアを提供するような仕事もした。失敗とかリスクとか、細かいことを気にせずに、ただただ前へ。それは、楽しい日々でした。その後、別部門に異動になり、Linuxの仕事を続ける一方で、ちょっと面白い取り組みも。仮想化技術という新しい技術で世界のパイオニアを目指すという話が持ち上がったのです。僕が学生時代に研究していた馴染みのある分野。1台のコンピュータの上で、複数の仮想コンピュータを動かすような技術です。まさに大好物。願ってもみないチャンス。仮想化基盤やITインフラの設計に没頭する日々を過ごしました。

嫌な予感的中。技術人間、マネジメントの壁にぶつかる。

そんな中、ある転機が訪れます。当時、金融機関や大手通信キャリアなどで利用されていた特殊なブレードサーバも使っていたのですが、この知見がある人がなかなかいないということで、僕が大手証券会社の案件を担当するよう命じられたのです。当時、入社5年目。リーダー待遇で、メンバーもつけてくれるという。正直、気が進みませんでした。新規のお客さまなので関係構築もゼロ。技術だけでやってきた僕からすると、技術以外の他の業務が負担になるように思えたのです。悪い予感は的中。社内のメンバーも10人くらいになり、マネジメントスキルが求められた。責任者としての調整の仕事が増えた。お客さまや協力会社の人との柔軟な連携が求められた。人に仕事をお願いしなければ、すべてが回らなくなった。「仕事なんて全部自分でやってやる!」というノリでやってきた僕は、スタイルの強制転換を求められたのでした。最初はふてくされながらも、なんとか仕事をしていたのですが、ふてくされていたって、何も前に進まないことに気づきました。このままじゃ、ダメなんだと。

入社12年目、リーダーはいまだに苦手。技術の方が好きですが。

現在はインテックが提供するクラウドサービスの開発と運用を担当する部門にいます。1社ではなく、いろんな企業で使っていただくITインフラ、仮想の基盤を共有しようというもの。技術力が求められる局面が多いため、サービス仕様の説明や運用状況の確認で営業担当と一緒にお客さまの所へ足を運ぶことも多い。自社サービスなので全部自分たちでやらなきゃいけない苦労もあります。今の部所は、2つの部門が融合した部門。最初は文化の違いや仕事のやり方のギャップの調整に苦労しました。ここで活きたのが、あの証券会社プロジェクト時代の経験です。しかしながら、リーダーの仕事は、今でも得意ではありません。苦手です。やっぱり、システムを触ったり設計したりする方が楽しいですから。でも、それじゃダメだなとも思うように。いつの間にか後輩が増えてきて、自分もいい年齢になってきた。1年目のとき熱心に指導してくれた教育係の先輩や、さまざまなことに挑戦させてくれた上司のおかげで、今がある。次は僕が後輩たちに成長の機会を与える番なんじゃないかと。新しいモノ好きだった自分が、新しい自分になることも楽しめるようになってきた。インテックに入社して変わったことです。

2005年入社。学生時代の専攻は物理学。Linux、OSS、仮想化技術など、システムの基盤技術を専門にしてきた根っからの技術肌であり、新しい技術には率先して取り組んできたチャレンジ人間。プライベートでは、3人の子どものパパ。休日には会社の同好会や地元の仲間とバスケットボールを楽しんでいる。

入社1年目
富山本社で行政システムセンターに配属となり、自治体のシステムを担当する。
入社2年目
社内公募制度を活用し、スタッフ部門の技術部へ異動に。LinuxやOSS(オープンソースソフトウェア)などの事業化に向けた準備に携わる。ベンチャー企業のような日々を経験。
入社3年目
ITプラットフォームサービス事業部へ異動。お客さまに対する提案を行うように。仮想化技術の取り組みを始めたのもこの頃。
入社5年目
大手証券会社のお客さまを担当。初めてのマネジメントに奮闘する。
入社7年目
クラウドサービス部へ。さまざまなお客さまに提供するITインフラの開発に携わる。新サービスのリリースに追われながらも充実した日々を過ごす。